バリの子供の通過儀礼

バリ・ヒンドゥー教のいくつかある通過儀礼の中から、今日は赤ちゃんのために行われる儀式をご紹介します。

こんにちは、プスパです。
みなさんは、子供の頃、色んな通過儀礼を経てきましたか?
通過儀礼、というと、なんだかすごくたいそうな感じですが、つまり、お宮参り、とか、お食い初め、とか、七五三、とか、そういうもののことです。

プスパも、自分はあまり覚えてはいないけれど、慣れない着物を着せられて写っている、お宮参りや、七五三の写真が残っていて、成人式まで、一応の通過儀礼はしてきているようです。でも、命名式とか、お食い初めなんかはやってない、と聞きました。
バリ人にとって、生れてから死に到るまでの通過儀礼は非常に重要な意味を持っています。ひとつでも飛ばしたり省略したりすることは出来ません。この、人間の成長の各段階で受ける通過儀礼のことを、マヌシア・ヤドニャといい、その人が属する家の中の、儀礼用の建物で行われます。なので、一緒に住んでいる、大勢の家族、親族に見守られて、数々の通過儀礼が行われるのです。

「儀礼」のことを「ウパチャラ」といいます。そして、これらのウパチャラは、バリの暦、ウク暦に基づいていますので、一ヶ月が35日、という計算になります。
プスパも体験しましたが、バリ島での出産は、普通分娩の場合、出産した翌日には家に戻ります。初めてのときは、「ま、まさか、ほんとうに次の日に歩いて家に帰るの!?」と半信半疑だったのですが、本当に、次の日の夕方、「はい、もう帰ってくださいね!」と言われ、這うようにして帰った記憶があります。ですので、赤ちゃんは、へその緒をくっつけたまま、おうちに来るので、赤ちゃんの最初のウパチャラとして、「へその緒が取れたとき」のものがあります。正確にいうと、生れてすぐに、家でお供え物を作るのですが、そのときはまだ、赤ちゃんは病院に居るので、「へその緒」のウパチャラを最初としますね!

だいたい、生後7日ほどで、へその緒が取れるといわれていますが、これは個人差のあるものなので、もしかしたら、その次の「生後12日のウパチャラ」が先になるかもしれません。

へその緒は、取れたあと、よく乾燥させて、とって置きます。日本でもへその緒は小さな桐の箱に入れて、大切に置いておきますが、バリ島のプスパの家では、子供が腹痛を起こした時に、その子のへその緒を白湯に浸して、それを飲ませると治る、と言われていて、時々実践していました。効き目のほどは??でしたが、まあ一種のまじないみたいなものでしょうか。
次のウパチャラは、生後42日目のウパチャラで、これは「サトゥブ-ラン・トゥジュハリ、一ヶ月と七日」と呼ばれます。上記にもありますが、バリ島のウク暦の一ヶ月は35日ですので、このように呼ばれるのです。
このウパチャラのとき、子供とともに、母親の産後の不浄期間も終わります。出産は、不浄な状態にある、と考えられており、産後42日間の不浄期間は、母子は、村のお寺、家寺はもちろん、台所に入ることも許されません。まあ、これは、産後で疲労している母体にとってはありがたいことで、この間、ほぼ上げ膳据え膳で、赤ん坊のお世話に集中できるわけです。でも、これは、家に他の女手があるバリ島だからこそ可能なことで、核家族が多い今の日本では、かなり難しいことですよね。
日本でも、男子は生後31日目、女子は生後33日目にお宮参り(産土詣うぶすなもうで)をしますが、日本の産婦の忌明けも、このお宮参りの頃だということですので、このへん、バリ島と日本の風習、似ている気がしますが、いかがでしょうか?

以上三つのウパチャラは、家で、おもに赤ちゃんの祖母に当たる女性が供物を用意し、儀式を執り行います。
その次にくるのが、生後3ヶ月のウパチャラで、実際には105日目になります。これは「ウパチャラ・ニャンブータン」とも呼ばれており、別の世界から、この世に魂が降りてきたことを祝う、というほどの意味になります。日本でいうと、「お食い初め・百日(ももか)」にあたるでしょうか。
プスパの住んでいる地域では、この「三ヶ月目のウパチャラ」が一番盛大で、特に第一子の時は、朝早くから、バンジャール中の各家庭の人々がお米やお祝いを持ってやって来るので、それぞれにサテ(バリ風・串焼き)やお菓子をお返しに渡したりして、早朝からとっても忙しいのです。
このウパチャラでは、お坊さんを家にお呼びして、たくさんのお供え物を用意し、家によっては「バビ・グリン」という豚の丸焼きを供物として用意したり、招待状を出して親しい人に来てもらい、食事を提供したり、と、とにかく盛大に行われます。
今回は、このウパチャラ・ニャンブータンについて、レポートしてみますね!

生後三ヵ月半ともなると、赤ちゃんもずいぶんしっかりした体つきになって、首もほぼ座っている赤ちゃんも多いですが、この日は、朝からなんとなく家中の忙しい雰囲気を察して、赤ちゃんも落ち着かない様子です。お坊さんを待つ間、家の女性達は、家寺と敷地中にお供え物をそなえ、場を清めます。
そうそう、もうひとつ大事なことがありました!

バリ島では、出産の際に、胎児の胎盤を家に持って帰り、ココナツの実に納めて、部屋の前に埋める、というしきたりがあります。胎盤、というのは、その子を生涯守ってくれる兄弟のような存在だと考えられていて、埋めてから「生後12日のウパチャラ」までの間、一晩中、灯りを絶やさずともし、毎日のお供え物も欠かしません。

余談ですが、子供が夜泣きしたり、何故か愚図って仕方がなかったり、病気がちになったりしたとき、その胎盤を埋めたところに、ちょっとしたお菓子や飴を置いてお供えします。すると、不思議に泣き止んだりすることがあって、プスパもこの子供の「胎盤様」だけは、結構ねんごろに祀っているのです。あと、どこかへ出かけるときに、この胎盤を埋めた所の土を、少しだけ子供ののど元にこすりつけます。お守りみたいなものだそうです。
そういう事情ですので、このウパチャラ・ニャンブータンでも、もちろん「胎盤様」に特別なお供え物をします。
さて、いよいよ赤ちゃんの儀式が始まります。

まず、地面の上で、「ビウ・カオン」という、穢れを清めるお供え物で、赤ちゃんと両親の出産による穢れを清める儀式をします。このとき、頭の先から爪の先まで、全身の不浄なもの、良くないものをきれいにしてしまうのだそうです。これが済まないと、お寺などの、神聖な場所に入れないのです。
そのあと、ちょっとユーモラスな動作で、長い杖を持って先導する女性達と、赤ちゃんを抱っこした女性が、お供え物の周りをくるくる歩き回ります。これは、なんでも、赤ちゃんがうまく歩けるように、という儀式だとか。
次に、赤土の壺に、鉄や金・銀の腕輪・足輪や首飾りや指輪などの装飾品を入れ、水を張ったものが用意されており、まず赤ちゃんはそこでマンディ、沐浴をします。この赤土の壺は、昔むかし、まだプラスティックのベビーバスなどが無かった頃のなごりだそうで、その水を張った壺は、「川」を象徴しており、中に、カニや魚をかたどった椰子の葉の飾りが入っています。
マンディのあと、赤ちゃんは装飾品を全て身につけ、真新しい白・黄色の布、それに錦織の豪華なカイン(布)で着飾ります。女の赤ちゃんは、たいていこのウパチャラ・ニャンブータンまでに耳に穴をあけ、この日に金のピアスをつけてもらえるようにしています。そして首につける首飾りには、本人のへその緒の乾いたものを入れた銀製の筒、もしくはお寺で戴いたお札のようなものを入れた金の容器、などがつけられます。
このような装飾品の意味は、鉄はハガネのような強さを、金・銀は一生豊かであるように、という願いを込めると同時に、金には特別な魔よけの力があると信じられているからだそうです。この装飾品は、赤ちゃんが嫌がらなければ、一歳を過ぎるまでそのまま身につけておきます。まあ、たいがいは嫌がったり、ちぎれて無くなったりするので、はずしてしまいますが。

沐浴のあと、生後105日目にして、初めて地面に足をつける、という、象徴的な儀式があります。これで、赤ちゃんは、完全に、あの世からこの世へ、転生した、ということになるのです。
その後、場所を「バレ・ダンギン」と呼ばれる儀式用の建物に移して、ここからはお坊さんに祈祷を受けながら、髪の毛を少し切る儀式があります。これは、出産の際、産道を通って、穢れてしまった頭を清める、という意味だそうです。このときに、地域によって違いがあるようですが、赤ちゃんの頭を、アヒルやニワトリにつついてもらう儀式をするところもあります。アヒル、それも白いアヒルは、神聖なシンボルであり、悪いもの、汚いもの、穢れたものをすべて食べてくれる、という意味だそうです。これは、結婚式の時にも行われ、新郎・新婦の頭を、アヒルがつんつんするのです。きらきらに着飾った主役の頭に、いきなりアヒルが登場するので、初めて見たときはおかしくて、プスパは笑ってしまいました。
このあと、お食い初めのように少し物を食べる儀式や、聖水を戴く儀式などが続きます。最後に「ナタッブ」という、赤ちゃんの中に居る神様に、このウパチャラのための供物の精髄を受け取ってもらう儀式をして、終わります。

このウパチャラ・ニャンブータンが過ぎると、ちょっと一息つく、というか、赤ちゃんも順調に育って、身体もしっかりしてきたなあ、という安堵感が沸きます。次は「オトナン」バリの暦で言う、一才のお誕生日です。これは西暦では約7ヶ月ですので、生後半年を過ぎた頃、ですね。バリ島も、地域によってさまざまで、この初めてのオトナンを盛大にやるところも多いです。通常、オトナンは3回目まではお坊さんをお呼びして、おおがかりに行います。
このように、バリの子供達は、生まれてから二歳になるまでに、様々な通過儀礼を経て、すくすくと成長していきます。
このように、外国人から見ると、複雑で大変な儀式が、昔から今まで変わらず続いてきているわけですが、各家庭の貧富の差に関わらず、全ての子供がこの同じウパチャラの手順を踏む、というのが、すごいことだと思うのです。もちろん、豪華さに差は出るでしょうが、同じ手順、同じ内容の通過儀礼を、すべてのバリ人が経ているのです。
みなさんも、バリ島に来られたら、きっと小さな子供を連れたバリ人たちを見ることが多いと思います。一般に、バリ人は、男も女も子煩悩で、どこにでも小さな子供を連れて行きます。男親も、誇らしげに赤ん坊を抱きかかえて、よく職場に連れて行ったりするのを目にします。こんな環境で育つ子供達は、本当に幸せだなぁ、とプスパもよく思っていました。

バリ人にとってもっとも大切なのは、年頃になったら結婚し、子供を産み育むこと。と、バリ人はよく言います。親になったその日から、自分がそれぞれの両親、家族にしてもらった数々の儀式を、今度は自分の子供達にしてあげることが、第一の使命となります。
こういう儀式関係は、赤ちゃんの祖母にあたる女性がほとんど取り仕切ります。プスパも、この先、自分の孫が出来たら、ちゃんとこのバリの儀式をやってあげられるかなぁ、と、膨大なお供え物を見てちょっと(いや、かなり)不安。
 

ともあれ、子供の誕生を喜び、その順調な成長を願うのは、どこの国でもおなじ事。ちょっと変わったバリのウパチャラの数々、機会があれば、ぜひみなさんも見てみてくださいね!

以上プスパでした。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2009-04-03

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